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ny2017のブログ

ちゅっちゅぽっぽ❤️

2017/2/1

うふふふふふ❤️ちゅくちゅくちゅく💓

 

昔いた神経系の研究室より手技が断然簡単で時間もかからなくて、ささっと実験が進んむ。それなのにテーマはトレンドに乗っていて発展性もある。「研究」っていうジャンルに入ることをするのであっても、テーマによって、国によって、トップの人によって、指導してくれる人によって、その内容は全然違うんだなって思った。「どこでやるか」、とか、「何をやるか」とか、環境とか方向性、選ぶフィールドが本当に大事だなと。努力するとかいう話以前に、どこでどういう方向に努力をするかの方が大事なのかなみたいな。

 

昔いた神経系の研究室に入った理由は、自閉症に興味があって、学部の研究室の中では一番テーマが近そうだったから。小学校が自閉症の人が多くて、特にその子を支える親や兄弟がものすごく大変そうだと思ったから興味があった。けど、色々な理由で最近は全然いかなくなっちゃった。

 

一つ目は、手技が複雑で、習得するのにとっても時間がかかりそうだったから。実験を組むのに必要な手技がいくつかあってそれを全部習得するのに真面目にやっても半年くらい時間がかかったはずだけど、現実には学部の実習もあればアルバイトもあって毎日ずっと実験できるわけじゃなくて、もっと時間がかかると思った。6年生になったらある程度は勉強に集中しないといけないことを考えると、仮に手技が習得できたとしてもまともに実験できるのは数ヶ月だけだったはずで、きっと仕事として完成しないだろうと始める段階で思っちゃった。

 

二つ目は、人間に特有と言ってもいいような高次の脳機能の障害についての研究がしたいのに、マウスで実験して何かが言えてもそれが人間の治療に少しでも使えるのかっていうそもそもの疑問もあった。調べたらこんな記事もあったけど、学部生じゃこういうマウス使いたいって言ってもお金かかるし使えないだろうな。

sign.jp

 

三つ目は、したい研究と、実際やってるテーマが遠かったこと。研究室自体は基礎の研究室だったから、病態の解明っていう切り口ではなくて、正常な仕組みの解明が主な関心だった。だから関係があるとは言っても、正常な仕組みか病態かっていうそもそもの方向性が違うし、テーマ同士の関係性も間接的で遠いし、示そうとしていることが言えたところで病態の解明にはたぶん全然つながらないし、って考えるとこのままやってるのってどうなんだろうっていう感じがしちゃった。時間もかなり使わないといけないし。

 

やり始めた当時は研究ってどんな感じか全然わからなくて、僕に合うかもわからないし、とりあえずどんな感じか知りたいなって思って始めた。

入学した当初は、絶対に研究はしないと思ってた。細胞を培養して試験管をふるのってどのあたりが面白いんだろう?って真面目に思ってた。それに、財政状況がまずいことを考えると、新薬の開発ができてもなかなか使えなくなるんじゃないかと思ってたし。新薬って効果が高くなるけど値段も昔のやつに比べて上がることが多い。オブジーボとかハーボニーみたいな。本当の新薬以外はジェネリック使えばいいじゃんみたいな話もあるとは思うけどそのへんてどうなんだろう。ただ、医療費が保険の範囲でまかなえないような状況になってくれば、それに合わせて制度は変わって行くような気が最近はしててその辺の見方は少し変わってるし、そういうあたりをどう変えるかみたいなところに興味もあったり。こんなの見つけた。

 

healthpolicyhealthecon.com

 

全然興味がなかった研究に興味を持つようになったのは、4年生の時。色々な講義を受けるうちに、治せない病気って思ったより多いというか、完全には治せない病気ばっかりだなって思った。臨床をメインに仕事をするなら、現在解明されていることを使って、今治ることがわかってる病気を治すことが仕事の中心になる。だから、今治らない病気は治せないんだなっていう限界のようなものをずっと感じて仕事をすることになるとどこかで聞いたし、実際臨床医の忙しさを見ているとそうだと思う。研究がしたいと思っても、なかなか日々の臨床業務に忙殺されてできないと思う。やれても統計解析的な話になっちゃうと思う。

研究に関われて、もし何かしらの病気の治療法の開発に少しでも関われるようなことができるならそれはとても面白いしやりがいがあると思って、それで研究に興味を持った。ただ、純粋な研究者にはならないんじゃないかなっていう気が今でもする。

 

研究やってみたら面白いところもあったし、そういう意味ではやって良かった。手技は難しすぎたけど、時間がもっとあればはまっていたような気がする。よく考えれば手技は手段であって目的ではないけど、難しい手技は習得する過程自体が結構面白いし、できるようになったやつはやってて楽しい。だから、新しい治療が開発できないかもしれないけど、臨床もやってて楽しいんだろうと思う。

 

あと、医局に残るなら7年目くらいで博士課程に行かないといけないはずで、その時のテーマ選びをする上ではかなり参考になったと思う。博士課程の後は臨床に戻ることになるけど、どうせやるなら面白いテーマで博士課程をやる方がいいに決まってる。

あと、研究がどんなもんか雰囲気をつかむっていうもともとの目的は、前の研究室で達成できたと思う。研究やったことがなかったら、過剰な憧れのようなものを抱くことになっていた気がする。知らずに突然飛び込んで、こんなはずじゃってなって戻ってくる人が結構いるらしいし、そういう感じになるのは防げたと思う。

 

いまいるところにきて思ったのは、冒頭にも書いたけど、研究と一口に言ってもどこでなにをやるかによって全然違うってこと。確かに自閉症には興味があるけど、もっと手技が簡単で進めやすくて、なおかつ発展性もある分野もあるってわかった。あんまり流行に流されるのはよくないけど、現実的にできるかどうか、価値のある何かが言えるかどうかっていうことの方が、特定のテーマにこだわることより大事な気がする。研究を仮にするなら、その最終的な目的は疾患の治療につながる何かしらの成果を残すことだから、テーマとか手技が複雑すぎてできないなら、テーマを変えるのがいいような気がする。

 

つまり、現時点で開発されてる技術の水準から考えて、ニューロサイエンスよりも研究が進みやすい分野はたくさんあると思うし、研究やるにしてもそっちをやる方がいいのかなっていう気もした。時間はたくさんあるようでいて数十年しかないし。自閉症以外にも、たくさんの人が困ってるし面白そうな病気は他にもある。やろうとしてるテーマが、今の技術の水準でしっかりできるのか、進めやすいのかはよく考えないといけないと思う。PCRが開発される前に遺伝子の研究をやろうとしているような状態になっていないか、みたいな。

 

ま、その方がいいのかは結局わからないなぁ。初期研修が終わるまでの残り約3年で色々な情報をあつめて、僕と、周りにいる大事な人たちにとって何が一番いいのか、臨床、研究以外も含めて考えていこっと!